ケアンズでは、ほとんどの店が今日から通常通りの営業を始めた。学校も開いたらしい。
今回のサイクロン‘Yasi’(ヤシ)で被害が最も大きかったのは、カードウェルだった。ケアンズの南約200kmにある人口1200人あまりの小さな町は、ほとんどの住民が避難し、120人あまりが警察による避難命令を拒否して残ったものの、幸い死者はいなかった。
ただし、海辺にあるこの町ではすべての家屋が何らかの被害を受け、ほとんどの家は、修理や建て替えも困難なほどひどい状況にあるようだ。それでも、避難先から戻ったこの町の人々は、無事であったことに安堵している。
Some people will never return to their homes.
Retiree Dick Speechly moved into his oceanfront home, which collapsed, only two years ago and said he was unlikely to go back to it. Salvaging his belongings with two of his grandsons, Jake Ebert, 16, and Jason White, 15, he sought shelter at a friend's inland home.
"I feel terrible, but we're alive," he told The Australian.
"I don't know about rebuilding, at this stage - probably not."
The Australian
(もう家には戻ることがない人々もいるだろう。Dick Speechlyさん(退職)は、たった2年前にこの海辺の家に移り住んできたばかりだが、家は倒壊してしまった。Speechlyさんは、おそらくこの家に戻ることはないだろうと言う。孫のJake Ebert君(16歳)、 Jason White君(15歳)と一緒に倒壊した家から荷物を運び出していたSpeechlyさんは、内陸に住む友人の家に避難した。The Australian紙の取材にに応えて、Speechlyさんは、「とてもつらいよ。でも私たちは生きている。」と語った。「家の再建については、今の段階ではまだわからない。多分、しないだろう。」)
上記「The Australian」のサイトに掲載されている写真を見ると、この人の家は屋根がほとんど無くなり、窓ガラスが割れ、周囲は砂に埋もれている。
上陸地点に最も近かったミッションビーチは、観光地として、また、ヒクイドリの生息地としても有名な場所だ。
ここでは、丘の上に立っていたリゾートホテル(The Elandra resort)が壊滅的な打撃を受けた。オーナー夫妻は被災後の状況について、"a war zone"(戦場だ)、"We've been napalmed"(ナパーム弾の爆撃を受けたようだ)と表現している。
ミッションビーチの建物は比較的新しく、サイクロン対策の基準に基づいて立てられていたため、この他の建物は奇跡的にも被害は少なかったという。ただし、ヒクイドリが生息する熱帯雨林は、かなりのダメージを受けているらしい。
同じく上陸地点に近かったタリーでは、避難所も倒壊した。ただし、避難していた住民はそれ以前に移動していて無事だったようだ。
被害は主に南側でひどかったようだ。上陸地点とされるミッションビーチから140km程度北にあるケアンズの被害が軽微だったこととは対照的に、ミッションビーチから約160km、ケアンズからは約300km南のタウンズビルでは、洪水、停電、断水のほか、建物にも被害が生じている。
サイクロン「ヤシ」の規模は、よく米国のハリケーン「カトリーナ」(2005年)と比較される。
ヤシの最低気圧は922hPa、カトリーナが902hPaで上回る。ただし、カトリーナは上陸時にはやや弱まっていたのに比べ、ヤシは上陸時にも強度を保っていた。ミッションビーチを通過した際の気圧は約930hPaと計測されている。
ヤシの一分間の最大風速は250 km/h、中心付近の瞬間最大風速は285 km/h程度とされている。カトリーナの一分間の最大風速は280 km/hで、規模としては、ほぼ同程度と言えるようだ。
ただし、人的被害には大幅な違いがあった。
現時点で確認されているヤシによる死者は、1名。
カトリーナでは、直接および間接的な死者が合計1800名以上に上った。
大きな違いは、カトリーナが複数地域に複数回上陸したこと、上陸地点付近の地形、そして、もともとの人口密度が高かったことによると見られる。カトリーナでは、洪水によって大きな被害が出ている。
周囲の気象条件、地形、サイクロンやハリケーンの個々の性質の違いなどによって影響は大きく異なるから、単純な比較はできない。
ただ、政府の対応や、住民の反応による違いも一部にはあったのかもしれない。
ヤシの主な被災地では、住民のほとんどは避難していた。
人的被害が少なかったものの、農業被害を含めた長期的な被害はかなり大きい。
被害を受けたケアンズからタウンズビルにかけての地域は、バナナ、サトウキビなどの農作物の一大産地に当たる。輸入向け作物が打撃を受けたことによる経済的損失だけでなく、国内での食料不足やインフレも心配されている。
今回のサイクロンでは、個人的には直接の被害は受けなかったが、かなりぎりぎりになって避難を決断するという状況に遭遇した。これまでにない経験の中で、気付かされたこと、学んだことがいろいろあった。
また、勤務先の動物園でもサイクロン対策や、ほとんどのスタッフが他所へ避難するという状況で、いろいろ学んだことが多かった。
まず、家庭では…
・非常用持ち出し袋
邪魔だと思うかもしれないけど、これはやはり大事。
最低でも、パスポート、通帳、証書類などの貴重品はまとめておいた方がいい。
食料や衣類は、持ち出さない場合もあるので、全部入れた大きな袋を作るよりも、貴重品袋と分けられたほうがいいと思う。
・連絡先リスト
携帯はつながらないかもしれないし、モバイルはバッテリーが切れたら役に立たない。紙の連絡先リストがあれば、誰かに連絡して現状を伝えられる可能性が高くなる。
・ラジオ
電池式でも手回し式でもいい。とにかく、停電でも長時間使えるラジオ。今回、一番ありがたかったのはこれだった。
サイクロンが接近して以降、ローカル局はほとんどすべて同じ緊急番組を流していて、番組の中ではサイクロン情報の他に、現在、受信できることが確認されている周波数も伝えていた。電波塔に被害がおよべば受信できなくなることもあるので、これはありがたかった。
実際にこういう状況にならなければありがたみがわからなかったけれど、一般の人からの情報提供もありがたかった。サイクロンの通過中、ラジオ局では電話、ショートメッセージ、ウェブサイトへの書き込みなど、あらゆる方法でのアクセスを受け付けており、これによって、各地から、正確ではないかもしれないけれど生の、リアルタイムの情報が刻々と届けられていた。避難している場合、自分の家の周りで何が起きているのか非常に気になるものだ。あるいは、親戚や友人が住んでいる地域の情報とか。中にはあまり役に立たない情報があるのも確かだけど、停電、電話もつながらない、そういう状況で不安な一夜を過ごす中で、ラジオから流れる他の人たちの生の声は非常に貴重なものだと思った。中には、笑いを誘うような電話(ペットの豚と一緒に居間に避難しているとか詩を作ったとか)もあり、これもその場の雰囲気を和ませてくれた。ほとんどの人が、災害の中でも「なんとか生き延びるよ」「まあ、しょうがないさ」「ビールでも飲んで、何が起こるか待つさ」といった、楽観的な態度だったのは、オーストラリア人気質なのかもしれない。
・ペットの避難対策
避難所は、ほとんどの場合、ペットを受け入れていない。これは仕方ないと思う。ペットがいる人は、親戚や知人など、避難できる場所、またはペットを預けられる場所をあらかじめ考えておくべきだろう。
こうした場所に何もないときに連れていって、慣らしておいてもいいかもしれない。
ペットを連れて避難することになった場合、持ち運べるケージ等(キャリーというのかな?)が必要になる。また、限られた時間でケージに素早く入れられるように、トレーニングをするなり、方法を考えるなりしておくべきだ。数日分の最低限の餌もすぐに持ち出せるようにしておくべきだ。
車で移動する場合、乗り物酔いするペットもいるので、とにかく一度は移動を経験しておいたほうがいいと思う。
災害が起きれば物流にも問題が生じる。人間の食糧は最低限確保されるだろうけど、ペットや動物は後回しになる。あらかじめ、餌や水は多めに確保しておくべきだと思う。物流の問題は、かなり長期化する可能性がある。例えば、クイーンズランド州の物資はほとんどがブリズベンを経由するが、1月の洪水以降、物資が不足したり遅れたりしがちになっており、鳥用のシードは、ケアンズではサイクロン前に既にほとんど在庫がなくなっていた。今後、再入荷がいつになるのか見当もつかない。
人間が緊張したりあせったりすれば、動物も異常を感じて普段とは違う行動を取ったり、思い通りに動いてくれなかったりする場合が多い。平常時から対策を考えたり、トレーニングをしておくことが重要だと思う。
爬虫類など、餌の頻度が少なくてすむ種類の場合には避難時にも移動させないこともあるだろう。その場合にも、安全性の確保や、停電、断水などが起きた際の対策などが必要になると思う。
いずれの場合にも、自分がその場にいないことも考えられる。
日頃から、家族や知人と話をしておくことも大事だと思う。
また職場(動物園)では…
・災害時の手順を細かく決めておく
サイクロンが頻発するケアンズだけあって、私の勤務先では「Cyclone Procedure」(サイクロン対策の手順)が細かく決められていた。
これは建物周辺の植木の手入れから、今回のような大型サイクロン時の動物の避難手順まで、一応、段階に応じて設定されたものだ。基本的にはこれに準じて進めていけばいいのだが、実際には、サイクロンの規模や進路はあまり先までは確実に予想できず、突然に変わることもあるので、今回は最悪の事態を考えて対策を取らざるをえなかった。建物外周側など、あまり堅牢でない場所の動物はすべて室内に収容。園内の動かせるものはすべて片づけるなど、あらかじめ考えておかないと短時間でできるものではない。
ちなみに、3頭いるコアラは一番堅牢と思われるスタッフ用のシャワー室(男・女)と物置き部屋にそれぞれ収容された。コアラの場合、止まり木、ユーカリ用のポットなど一式一緒に動かさなければいけない。ほかにも、特殊な必要のある動物がいるだろうし、移動場所、ケージや付属物の確保など、準備しておかなければどうしようもなくなる。
・道具をそろえておく
テープ、ロープ、電池など、災害時用に必要なものを一式まとめておき、定期的に確認・補充しておく。
・連絡先リスト
これは、個人の場合と同じ。
仕事に直接関係なくても、安否をお互いに伝えあっておくことは大事だと思う。
・餌やり/世話の割り振り
職員が避難する可能性がある場合、餌やりも考えておかないといけない。
1日ぐらいなら、と思ってしまったりもするのだが、実際には、災害の後にも、道路状況などによって施設へのアクセスができなくなる可能性が高い。
まずは自分や家族の命が大事、というのは事実なのだが、命あるものを扱う仕事上、最大限の努力はするべきだと思う。ちょっとした手配や時間配分の違いで、動物たちが生き延びる可能性は格段に高くなる。
一番近くに住んでいる人、遠くへ避難する必要のない人など、確実に来られそうな人を割り振っておき、もしその人が何らかの事情で来られない場合、チームリーダーや他のスタッフなどにすぐ連絡できるようにしておくべきだろう。
今回、幸いにも、動物たちはみんな無事だった。
完全にどうしようもなかったと思える場合ならともかく、もし何かあったときに、後から後悔するのはやりきれないと思う。
政府の気候変動の専門家が、今回のサイクロンは温暖化の影響のほんの一端に過ぎない、というようなコメントをしているそうだ。
そうかもしれない。
確かに、温暖化による異常気象の多発は、前々から言われていたことだ。
実際に被害に遭ったとしたら、そんなコメントができるかどうかは疑問だが。
とりあえず今は、無事であったことに感謝しつつ、被災地や被災者の方々の一日も早い復興を祈りたい。